2008年12月24日

1984年の流行語

第1回の流行語は、1984年、昭和59年にスタートしました。

1984年の新語部門、金賞はオシンドロームです。

この時代は、連続テレビ小説、おしんが超人気番組でした。
おしんの物語は、凄まじい苦労の連続を必死に耐える日々の物語。

良質の日本人像として、戦後を働き抜き、豊かさを手に入れた日本人の心情に共感の嵐を巻き起こしました。

苦しくても明るさを失わず、他人に優しい主人公のおしんの物語、見た人はみな涙したものです。

おしんドロームは、その状況を全国民の感情がシンドローム化しているとして、このように表現されました。

1984年、新語部門、銀賞は鈴虫発言。
受賞者は、中曽根康弘(内閣総理大臣)です。

昭和58年、田中角栄元首相にロッキード事件の実刑判決が下されました。

同年暮れの総選挙は、政治倫理問題が最大の争点となり、中曽根首相は、「倫理、リンリと、まるで鈴虫が鳴いているようだと」切り返した言葉が流行語の銀賞に選ばれました。


1984年、新語部門、銅賞はスキゾ・パラノ。

この言葉は一体何?と思いましたが、浅田彰さんが(京都大学助手)人間の特質を分類した言葉になります。

それはスキゾ人間とパラノ人間。スキゾ人間とは、ひとつのことにこだわらず、いろいろなことに興味を持つ人。

パラノ人間とは、ひとつのことに熱中して、ほかのことは全く考えない人を言います。

1984年、新語部門、特別賞は特殊浴場。

この言葉は、ソープランドには、トルコ風呂という俗称があり、トルコからの留学生が、トルコの名前を消すことに努力し、特殊浴場などの名前が提案された言葉になります。

1984年、流行語部門、金賞は、まるきん まるび。
1984年、流行語部門、銀賞は、くれない族。
1984年、流行語部門、銅賞は、疑惑。
1984年、流行語部門、特別賞は、千円パック。

1984年、流行語部門、大衆賞はす・ご・い・で・す・ネッ。と教官!になります。

どうしてこの言葉が流行ったの?
と思わせますが、時代を感じさせられますね。

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2008年12月20日

1980年代の流行

1980年代はどのようなファッションが流行っていたのでしょうか?

時代と共に、流行は変わってきましたが、ここで80年代のファッションについてお話したいと思います。

DCブランドの時代が1980年代です。
DCとはデザイナー&キャラクター、ブランドの略を指しています。

代表的なブランドは、川久保玲のコム・デ・ギャルソン、山本耀司のワイズなどになります。

DCブランドの背景は、バブル期が始まろうとしていた80年代、若年層でも自由に使えるお金があり、ファッションにたくさんのお金をかけられる時代でした。

DCブランドブームには、全身を一つのブランドでまとめるスタイルも増え、ブランドやデザイナーで、着る人の個性と自己主張となりました。

バブル景気は80年代後半になると、加速度を増していきます。

セクシーな大人の女性を目指す社会人の女性が、セクシーなファッションのボディコンスーツを着るようになりました。

通勤時にも着られるようにと言うことですが、現代には考えられませんね。

DCブランドのルーズなデザインに満足できなかった女性は、ボディコン派になり、このファッションは急速に広まっていきます。

ボディコンのブームは1986年〜89年頃まで約3年間続きました。

ボディコンとはボディ・コンシャスの略で、女性としての体型を意識する、ファッションスタイルです。

日本でイメージされるボディコンスタイルは、ミラノコレクションで発表されたスタイルをさらに強調し、体の線が目立つようにされた服です。

ヘアスタイルは、前髪をカールさせたワンレングスが定番でした。

仕事を終えた女性たちは、ボディコンスタイルでディスコへ繰り出し注目されます。

1988年頃はバブル期の頂点でした。

この頃から、カジュアルなファッションスタイルが広まります。
ポロシャツ、白のTシャツ、ストライプシャツやインポートもの。

そして紺のブレザー、ストレートジーンズ、ヴィトンのバッグ、足元はモカシンというファッションは渋カジと呼ばれます。

このファッションスタイルの発信源は、渋谷区、世田谷区、港区などで、私立の男子高校生が流行らせたものです。

時代は変わりますが、ファッションの流行は繰り返されていることがわかりますね。

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2008年12月15日

1970年代の流行

1970年代の流行は、どのようなファッションが流行っていたのでしょうか。

70年代ファッションの流行と言えばジーンズです。
ジーンズは、ヒッピーが世間に広めたファッションアイテムです。

60年代後半から活発化した学生運動、ジーンズは自由や反抗、反体制の象徴でもありました。

このジーンズが、よくも悪くも若者ならではのファッションとして流行していきます。

ジーンズが流行り始めた当初は、シンプルなストレートジーンズが主流でした。

その後にベルボトムジーンズが登場し、ジーンズが最先端ファッションとして認識されていきます。

定番のファッションコーディネートは、上げ底の靴に、体にフィットしたTシャツをあわせ、腿はぴったり、裾は地面スレスレで、ラッパのように広がったデザインのジーンズがオシャレでした。

70年代前半は、ジーンズがファッションとして受け入れられるようになり、作業着だったはずイメージはなくなりました。

70年代半ばには、スポーツファッションや、アウトドアファッションを日常着る服として、着用する若者達が増えていきます。

本来はアウトドアウェアのアイテムが、タウンカジュアル化したスタイルを、ヘビデューティーと呼び、ダウンベストやダウンジャケット、トレーナー、スニーカーなどが流行しました。

現在でも、カジュアルなのに実用的なファッションアイテムは、1970年代から広まったと言えます。

このファッションの流れは、1975年、ベトナム戦争が終結し、アメリカに若者文化が戻ってきたため、テニス、サーフィン、ジョギングやなどが遊びの文化として生まれ始めました。

そして70年代は、ファッション雑誌の創刊が続きました。

70年、an an、71年non-no、77年more、クロワッサン、79年JJなど、現代のファッションの見本となる雑誌のほとんどが70年代にスタートしたことがわかります。

1975年頃か80年代前半にかけ、神戸発のお嬢様風ファッションスタイルが流行りました。

このスタイル、ニュートラと言います。

ファッションの特徴は、定番のブレザーやワンピース、カーディガンなどのアイテムに、グッチやセリーヌ、フェンディ、エルメスなどの有名ブランドを合わせるスタイルです。

この名前の名付け親はan an、しかし実際に流行の中心となったのはJJになります。

79年には、竹の子族も流行しました。原宿歩行者天国に登場した懐かしい歴史です。

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1960年代の流行

1960年代の流行はどのようなものが流行っていたのでしょうか。

60年代のファッションなどについてお話したいと思います。

1958年から続く、岩戸景気で幕開けした60年代は、高度経済成長が進む中、ファッションの世界も華やかになっていきます。

60年代に流行ったファッションがVANを発端としたアイビー・ルック。

ブームを巻き起こしたアイビー・ルックは、アイビーリーグに伝わるファッションで、アメリカ東海岸の名門8大学から来ています。

ファッションの特徴は、ずん胴型シルエット、ナチュラルショルダ−、3ボタンというストレ−トな細長いラインです。

そして1964年、東京オリンピックが開催されます。

この年、突発的な流行が起こったみゆき族。64年、5月頃から大勢の若者が、銀座のみゆき通りや並木通りにたむろするようになりました。

みゆき族は、みゆき通りから名づけられた社会現象になりました。

みゆき族の特徴は、アイビー・ルックを少し崩したスタイルで、二つに折ったハンカチーフを頭にかぶり、ロングスカートのバックに共布のリボンベルトを結んだスタイルです。

そして男女ともに、バックは大きな紙袋か麻袋を抱えていました。
紙袋ではVANが大人気。

しかし、東京オリンピックに向けて、築地警察がみゆき族を一斉に補導し、みゆき族は一夏を境に姿を消します。

60年代半ば、グループサウンズに音楽の世界では注目が集まります。

ブームは、ビートルズが来日した1966年。

彼らが着ていたモッズファッションが、大きな影響を与えました。

モダーンズを略してモッズと呼ばれたファッションはロンドンの下町から発信されました。

その特徴は、長髪に船員帽、花柄や水玉柄などの派手なシャツ、幅広ネクタイ、股上の浅いスリムパンツ、そしてブーツなどです。

しかし、ファッションの奇抜性で、大流行までにはいきませんでした。

1967年、新宿東口駅前広場の若者の集団。

仕事もしていない彼らのファッションは、汚れたTシャツにジーンズ、素足にサンダル、ユニセックス、ショルダーバッグ、長髪、無精ひげなど。

フーテンやヒッピーと呼ばれた彼らの中には芸術家もいました。

一方アメリカでは、音楽やファッションで新たな表現を生み出す、サイケデリックムーブメントが起こります。

これは、ドラッグで得られる幻覚や意識拡大を通じて、表現されたものです。

日本でも、サイケ調のデザインが流行するようになります。

その中心となったのが東京新宿。

サイケ調インテリアでロックが爆音で流れる中、サイケ調ファッションの洋服やポスターが売られ、サイケスナックが目立つようになります。

こうしたサイケファッションの若者達をサイケ族と呼びました。

現代流行している、股上の浅いスリムパンツなどは1960年代の流行が、繰り返されていると言えますね。

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2008年12月13日

1950年代の流行

現代のオシャレや流行は、時代を繰り返し、昔流行ったものがまた違う形で顔を出しています。

日本の50年代は、どんな物が流行ったのでしょうか。
はじめに50年代のファッションについてお話したいと思います。

50年代、アメリカンスタイルがブームとなりました。
消費文化が一挙に花開いた1950年代、戦争の傷痕が癒え始めた頃です。

1947年、クリスチャン・ディオールがパリでニュー・ルックを発表しました。

ニュー・ルックとは、布をふんだんに使ったスカート。
女性らしいスタイル、丸みを帯びた肩と胸、細く絞ったウエストが特徴です。

このニュー・ルックが、ファッションの流れを50年代に広めました。

そして華やかな服が次々とその後も創り出されて行くきっかけとなりました。

50年代初頭は、日本でも布地を多用した、裾の広がったスカート姿の女性が町を彩りました。

当時、アメリカ経由のスタイルだったため、日本ではアメリカン・スタイルと言われていましたが、その原型は、ニュー・ルックと言い、世界的に流行しました。

また50年代は映画が娯楽の中心で、ヒット映画に登場したファッションが流行する時代でした。

映画がファッションリーダーの存在の中で、1953年の邦画、君の名は、からは真知子巻きが生まれました。

1954年のローマの休日からは、ヘップバーンカットと呼ばれたヘアスタイルが流行となりました。

一方、50年代のメンズファッションは太陽族になります。

1956年、芥川賞を受賞した石原慎太郎、太陽の季節。
これは、戦後の不道徳と言われていた若者の姿が描かれています。

同名の映画と同時に、そこに登場する人物たちのファッションスタイルを真似た若者が多くなり、彼らのことを太陽族と呼ぶようになります。

太陽族の特徴は、石原慎太郎の名前を冠した、慎太郎刈り。
このヘアスタイルは、スポーツ刈りの前髪を、額に垂らしておくスタイルです。

ファッションは、細身のマンボズボンにアロハシャツ、そしてツートンカラーの靴にサングラスなどになります。

その後、ロカビリーファッションでも共通して流行ったアイテム、マンボズボンは、社会現象になりました。

アメリカンスタイル、そして太陽族は、今までの古い価値観を捨て、自由を象徴する若者の間で流行ったファッションです。

つまり50年代は、新しい時代への期待と豊かさへの憧れが、ファッションに深く反映された時代だったと言えるでしょう。

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